(8)子安駅と大口通商店街

新子安には商店が少ない。その新子安が大きく変わったのは、新子安駅西口オルト付近の再開発だ。これにより商店・レストラン・スーパーが進出し、何度か入れ替わりがあったものの、とりあえず新子安でおおよその日常品は買えて、食事も楽しめるようになった。最近スーパーOKも開店し、商店街は無いものの日ごろの買い物に困るという事はほとんどなくなったと言えるかもしれない。
それまでは企業の社宅があり、商店と言っても商店街などと言うものではなく、小さな店があるのみだった。比較的商店の多かった子安通り(京急の踏切を渡った方面)でもその数は少なかった。
それでもその当時子安通側には、八百屋、肉屋、パン屋、酒屋、総菜屋、居酒屋、レストランなど一通り揃っていて、横浜銀行もあってそれなりの時期もあったが、新子安に住んでいる住民を満足できるほどではなかった。
また、新子安駅を利用する主な人は通勤で沿岸部に働く人が主体で、飲食はするものの日常生活の買い物は他で済ませるので、新子安の商店にお金を落とす訳ではなかったため、商店としても規模が大きくはならなかった。
そして新子安に商店が少なかった大きな理由は、京急子安駅から国鉄(JR)大口駅につながる非常に長い大口通り商店街(約800mくらいある)とそれにつながるあけぼの通り商店街があったからだと言える。新子安から歩いて10分もあれば大口通り商店街に行けるので、新子安の多くの住民は皆大口通りに買い物に行ったものだった。
その商店街は、子安駅から第2京浜(国道1号)までを第1商店街(通称一番街)、国道から大口駅までを大口通り商店街(通称:第2商店街)と言い、第2商店街のほぼ真ん中から西に延びているのがあけぼの商店街。あけぼの商店街の先は七島商店街と呼ばれており、終戦の翌年には昭和天皇が巡行地として大口商店街を通ったという記録があるほどで横浜有数の規模を誇る商店街だった。歴史は古く関東大震災の後ぐらいから徐々に集成していったと言われている。

編集人の記憶でも、商店街には映画館が3つあったくらいで、遠方より集客できる人通りも常に多い商店街だった。特に年末年始のセールには、多くの人たちが京浜急行か横浜線を使って買い物に来ており、それ以外の週末でも始終〇〇セールと称して賑わいを見せていた商店街だった。 そのため、にぎやかかりし頃の京急子安駅には特急電車が止まっていたのだが、この事はもうほとんどの人は知らないだろう。
昭和の時代はまだまだ隆盛だったが、あけぼの商店街に相鉄ローゼンのスーパーが出来、大口駅の東側の通りに駐車場完備の「ユニー(のちのピアゴで現在のドン・キホーテ)」が出来ると、客足のルートは徐々に変わり、モータリーゼーションの波と共に車を使っての買い物が増え、商店街として駐車場も設置したが、シャッターを閉める商店が増加の一途をたどっていった。 そして、検車区のある神奈川新町と子安が連続で特急が止まるという時間的に無駄な事もあって、1965年には特急から急行停車駅となり、1999年からは急行も止まらなくなってしまった。京急の速達列車の停車が大口通り商店街の隆盛の度合いを測っているようだった。

平成になり、大口通り商店街の通りの状況も大きく変化し、後背地人口の減少や利用客の減少もあってか相鉄ローゼンは撤退し、多くはシャッター通り化し、もしくはマンションの入り口がシャッターの代わりとなり、街並みが変ってしまった。 大口駅に近い方の商店街の終わりあたりから、あけぼの商店街に近い所までの約半分の通りは、買い物用の駐車場も近く、大口駅にも近く、金融機関やクリニックも揃っており、まだまだ存在感のある商店街だ。しかし、残念ながら他の通りは徐々に寂れつつある。

編集人は都内の商店街に足を運ぶ時があるが、都内の商店街はすごく元気だ。何故なのか詳しくは分からない。 都内の商店街は周辺に大規模のスーパーが少なく、その通りの周辺はかなり密集した住宅地と言う所が多いと思われる。要は後背地の人口が多く、さりとて公共交通が1つか2つなので、人の流れが分散せず、また車で行かなくとも買い物ができ、大規模のスーパー無い代わりに同等以上のいろいろなサービスがあり、基本はみな徒歩か自転車で買い物に出かけており、常にその商店街を使っていると思われる。 そしてその賑わいをTVなどのマスコミに取り上げられて相乗効果で人が増えるか衰退しない状況がある。
大口通りは、後背地の人口は都内より少なく、大型スーパーが近傍にあって駐車場を備えているため人の流れが分散化しており、商店街に集客しにくい状況がある。
つまり地勢的に違う事が大きな原因かと思われる。
知人が今も多くいる大口商店街周辺なので、商店街がまた活発になってもらいたいのだが、復活するには相当な施策を講じないと難しいであろう。 やるのであれば、一旦リセットし、一軒一軒が何かの特徴のある商店であり、全体が集まって特徴のある商店街になるような仕掛けが必要かと思う。

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